成績表を見て、この紙は何だろうと思った。

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ふと小学一年生の頃の記憶がよみがえった。

学期末最後の、明日からは夏休みという日、先生が生徒達に成績表を渡していた。当時、成績表という言葉は使わず『あゆみ(歩み)」という名前がついていた。

 

周囲はワイワイと大騒ぎをしていたが、自分一人だけ、それを見てぽかんとしていた。この固い紙はなんなんだろう・・・・丸とか二重丸とかが書いてるけど何?何なのこれ? そんな風に思いながら、釈然としないまま一人家に帰った。

 

それから、その『あゆみ』が渡されるたびに、「だからこれが何?」そんなに大事な物なの?と、疑問を抱き続けた。アレの重要性が理解できなかったし、いつまでたってもそんなに重要な物だとは、思えなかった。

 

成績とか評価とかの存在がよく分からない子供だった。

「どうしてみんなこれがすんなり受け入れられているの? 何かのルールなの?」

なんて思っていた。成績表のような、世間に存在している決まりや枠組みなんて物を全く知らずに学校に入った。自分が先生の話を、何も聞いていなかったのか『あゆみ』

に対する説明は何もなかったと思う。それでも周囲はその存在、重要性をきちん感じ取っている。

 

周囲の生徒たちは、始めから人に評価されることを当然にように受け入れていたが自分には受け入れられなかった。先生からの評価、外からの評価を絶対視できなかった。

 

当たり前のように、自分達は品評される側でその結果で自分の価値が決まるなんて考え方は受け入れられない。

支配される事が前提となっていて生きているようではいけないと思う。