モヤモヤした気持ちをスッキリさせるならこれ。

自分の中にあるモヤモヤとした気持ちをどうにかしたいと思ったら、とにかくその思いをきちんと外に出すことが大切。

 

何でも良いから言葉にする。

 

日頃から強く思っている事、うっすらと感じている事、人にはとても言えないことなども出してみよう。

 

誰もいない所で、しっかりと声に出してみるといい。

 

最初は、一人とは言えど勇気がいる事だけど、やってみるととても気持ちがいい。精神面だけでなく体の面からも爽快感が感じられる。

 

胸のあたりが空っぽになるというか、軽くなると言うか、非常に清々しい感覚が感じられる。その上、何となくほっとする様な安心感があるのだ。

 

部屋で、車の中で、などとにかく一人になれる場所でやってみよう。剥き出しの欲望や本音を声に出して言ってみるのは、一人であったとしても何だか恥ずかしいけどスッキリするのでおすすめ。

 

場所には十分に気をつけて、確実に一人になれる場所にしてね。見られたら恥ずかしいからね。

 

 

 

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自意識を過剰に持ちすぎてしまうと

自意識が強すぎてしまうと、自分の事しか考えなくなってしまう。

 

何がしたいか分からないとか、なんか退屈だけどどうしたら良いか分からない。

こう思っていながらも、意識の中にあるのはどうして良いか分からないと悩む自分の姿だけ。今、世の中にどんなもの、どんな事があるのか周囲に目を向けずにいる。何か面白そうなものはないか、と探したことはあるのだろうか。

 

 

 

人のSNSを見てうらやましがってみたり何だか楽しそうだけど自分は・・・とか思うのも自分の事しか考えてないから。

いいなあ、楽しそうだなあ・・・それに比べて自分は・・・・とか考えているから辛くなってしまう。

人と自分を比べてしまっているからそうなるのだと思う。

結局は自分の事ばかりを考えているのだ。人を見ているようで、実は自分しか見ていないのだ。

 

 

人の視線が気になるということについて。

 そういったことを感じているととっても苦しい。

けれどこれって、外に一切目を向けずに自分の事にだけ意識が向いている様なものだと思う。人の顔色、視線を伺っているのって相手の事を考えているようで、相手の中に映る自分の姿を心配しているのだと思う。

 

自分以外の、外側で起きている事を意識している時間ってきちんと持てていますか。

自分の事に意識が向き続けていると他が見えなくなってしまう。世の中の事、周囲の人たちのことへ関心がなくなってしまう。経験上何にも興味がなくなる。

人の目とか視線とかを気にせず、自分以外の事にどれだけ意識を向けているでしょうか。

 

自分の事ばかりに意識を向けているから苦しくなる。

 

まずはその事を自覚しよう。

 

 

自己否定や自己嫌悪

自己否定や自己嫌悪の原因の一部って、人と比べる事にあると思う。

 

「あの人は、〜が上手、〜が出来る。それなのに自分は下手、出来ない。」

 

こんな風に自分と人とを比べて、自分の中のない、出来ないの存在に苦しめられる。これって、「あの人は〜だ、この人は〜だ」と言ったように人の印象を固定している。人に対してラベルを貼ってしまっているのだ。そしてそうやって一面的にしか見なくなってしまう。

 

自己否定、自己嫌悪を少しでも軽くしていこうと思うなら、人が何を持っていようが、何が出来ようが自分と比べないこと。

 

人の背景とか状態をしっかり監視するように見ない事。それから、自分にないこと、出来ない事があってもダメだとか、いけないとか思わなくても良いのだ。

 

何があろうと自分は自分だ。そう思えるとちょっとは変わると思う。

自己愛

自己愛が強いってどんな状態か。

 

例えば、

誰かに褒められたい、賞賛されたい。

傷付きたくない。

自分の能力を高く見積もっている。

そんな状態。

 

だから、人からそんなに関心を持たれないと不満を持ったり、自分でこのくらいは出来ると思っているのに現実はそこまで出来なかったと知って怒ったりする。

 

ほかにも、人の視線が気になっていたりもする。自分が人から注目されていると思ったりしているからだ。人が自分を見ている事が前提で生きている。(結構、傲慢な考え)

 

人から優しくされて当然と思っているのにそれがかなわなくて傷ついたりする。だから傷つくのが怖くて、人との接触を避ける。

 

こういった事って自分では案外気が付いていない。かなり無意識的に習慣としてこんな考えを持っているので、なかなか自覚できない。

 

こんな事を自覚するだけでも多少は生きやすくなる。

自分の内面を書き出そう

自分の事を知りたかったら、書き出そう。(前回もそんな事を書いた。)でもまた書きます。

 

1年くらいはあれこれと頭に思い浮かんだ事を書いていくと、徐々に自分の考えている事、自分を支配している価値観の様なもに気が付いてくる。

 

おれの場合は、自意識が強いという事。そこまで人が自分の事を見ている訳ではないのに、必要以上に他人からの視線を気にしていた。もう本当に無駄なくらい。

 

自意識が強いと自覚できたのも、あれこれとノートに書き出した事が大きい。ずらずらと何でもかんでも文字にしていく過程で、書いている勢いでたまたま出た言葉によるもの。

 

書こうと思って書いたというよりも、手が勝手に書いていた様な感覚。手を動かし続けていると、ふと自分の本音が「ポンッ」出る事がある。いきなりは無理かもしれないが、自分の内面を書く事に慣れてきて、当たり前の作業のように習慣化するとこんなことが起きる。

 

当たり前の作業とは、本当に顔を洗ったり歯を磨いたりと言った様な事。このくらい生活の一部として習慣になると自分の本音が書ける。この状態までくると、やらない方が落ち着かないくらいだ。

 

自分が分からないとか、何がしたいか分からないとか思っている方も、まずはいろいろ書く事。そして続ける事で少しずつ本音が見えてくると思うので、いろいろ書き出してみて。形式、内容には決まりは無い。唯一、ルールの様なものとしては自分の頭の中にある、もしくは思い浮かんだ事を書くという事くらい。

 

あとは、図でも、文章でも、絵でも、表でもかまわない人に見せる必要も無いのでとにかく自由にやろう。

 

ブログ書き続けているのは

こうして1年もブログを書いているのは、自分自身を知るため。自分の内面を言語化して自分の事をよく知るため。

 

考えている事、感じた事を外に出す事で、思考を整理してみようという思いがある。そう言ってもなかなか自分について深く知る事が出来ない。

 

ブログ以外でも、ノートにもいろいろと書きなぐってみて、自分の頭の中にわき上がった事を表に出している。ノートに関してはこの1年でかなりたくさん書いてきた。ノートに関しては、書けば書くほどにどんどん書けるようになってくる。

 

徐々にではあるけど、自分の内面を書き尽くしてきたのか、書く事がなくなってきた事に気が付く。それとともに、あれこれと考え込む事も無くなり、徐々にではあるが思考が落ち着いてきたとも感じる。いままでは、結構思い悩んだり、考え込んだりしてきたが、これがなくなってきたと感じる。

 

特に手書きが良いので、何かえお考える時には、ペンを片手に、書きながら考えてみることがおすすめ。

見てほしいという心理

前から良く聞かれる言葉、承認欲求。はっきりと理解していなかったので、ちょっと調べました。 ある方のブログから引用。

承認欲求とは? 承認欲求とは、他人に認められたい願う気持ちです。 学校のテストで、もし100点が取れたとしたら自分自身で『すごく頑張った!』と思うのではなく、親や先生に『褒められること』に価値を感じます。 承認欲求は誰もが持っているものですが、問題は強さの程度です。当り前の感情でもその強さが一定を超えてしまうと、自分も周囲の人も辛いと感じようになってしまいます。

承認欲求が強い人の特徴・原因・対処法を詳細に解説! - 専業主婦卒業宣言!

 

上の記事を見て思ったけど、これっておれそのものなんだよね。認められたい、賞賛されたい、見てほしい、褒めてほしいって思ってた。自分でも今まで自覚できなかったけど、これが本音だった。

 

そしてその承認欲求が手軽に満たせるのが、ネット。「アクセス数」とか、 「いいね」とかがあるから簡単に、分かりやすい形で人から認められている、見てもらえたと認識しやすい。

 

正直な話、いままでSNSとかやって「いいね」を集めているような人たちをバカにしていたけど、自分だって全く変わらないのだ。だからアクセス欲しいなんてブログに書いているんだよなあ。(あの時は正直、酒が入ってしまっていたので勢いで書いてしまったのだ。)でもこれは本音、認めるしかない。

 

自分の事なのに承認欲求が強いなんて全然自覚できていなかった。誰しも持っているものだけど、これが強すぎるのも考えもの。まずは、承認欲求が強すぎる場合は、きちんと自分の承認欲求の存在に気が付く事が大事。気が付かないまま自分の中の承認欲求に振り回される事もあるので自分でもきちんと自覚しよう。